Home>週刊myfood>アメリカ食通信>アメリカ食通信Vol.5 マーケティングの国のワイン

週刊myfood...様々な視点からアメリカの食文化、食情報を4つのコラムで紹介します。

アメリカ食通信

TITLE:アメリカ食通信 Vol.5 マーケティングの国のワイン

今回はアメリカのワインについて、とくにロバート・モンダビ氏の話をします。
ロバート・モンダビ氏はあまりにも有名なので、語りつくされている感もありますが、しかし「マーケティング」という観点でその足跡を眺めてみると、ビジネスのケース・スタディとしても非常に優れた人物であることが分かります。

◆◆◆

アメリカという国は、マーケティングを重んじる国です。ビジネス以外の領域にもマーケティングの考え方が使われています。たとえば前回のコラム(Vol.4「パワーフードを生み出す国アメリカ」)で書いたように、国家の健康政策にも「ソーシャル・マーケティング」という手法が採用されているほどです。
日本でマーケティングというと、「ものを売るための手練手管」といったイメージでとらえられることも少なくありません。しかしアメリカで行われているマーケティングは、価値のある商品を、優れたコミュニケーション手段で人々に伝えるための、高度な戦略全体のことを指しています。単なる手練手管とは、大きく違います。

日本は「ものづくりの国」だと言われ、職人気質っぽく品質の良いものをこだわって作ることが素晴らしいことだとされています。その一方で、マーケティング的な努力に対して敬意が払われることはあまりありませんでした。
そんな日本も、バブル経済の崩壊後には「市場経済を中心に据えた合理的な考え方」をする国づくりを目指したとされています。これは言い換えると「アメリカのようなマーケティング感覚の国」を作ろうとしたというふうにも考えられます。しかしその動きは中途半端なところでとどまっているように思います。
その結果、現在の日本のビジネスマンは「良いものさえ作れば十分だ」と考える伝統的な人と「良いものを作る必要はない。手練手管を凝らして、話題になるような面白い宣伝をするのが何よりも大切だ」と考える人に大きく分かれており、バランスの取れている人が少ないように感じます。

前述したように、マーケティングは手練手管のことではありません。「人々に支持されるような良いものづくり」と「その良さを伝える工夫」の両方を戦略的に行うことを指しています。

◆◆◆

さて、そのことを踏まえてロバート・モンダビ氏の足跡を見てみましょう。

カリフォルニア・ワインといえば、ここ30年ほどで知名度を上げ、いまやフランスのワイン、イタリアのワインにならび世界から評価されています。
カリフォルニア・ワインの生産は、実は150年前から行われていました。19世紀半ばのゴールドラッシュの時代、多くの労働者が一角千金をねらって金を探しにカリフォルニアに移り住んで来ましたが、彼らがブドウを植え、ワインの生産を始めたのです。
しかし1919年に禁酒法が制定されます。禁酒法は1933年に廃止となりましたが、この間にワイン産業は壊滅状態になってしまいました。この状態から、カリフォルニアのワイン産業を今日の姿にまで育てた立役者が、あのロバート・モンダビ氏です。
技術革新と戦略的なマーケティングでカリフォルニア・ワインを世界的に認知されるレベルに高めた第一人者です。
ロバート・モンダビ氏はスタンフォード大学で経済学・経営学を専攻しましたが、「ワイン産業で成功するには優れたワインを製造することと同じくらいマーケティングが重要だ」ということをそのときに悟り、マーケティングを重視するその考えは以降の彼のワイン造りの根幹を支えるものとなりました。

<優れたワインを製造するために>
当時のカリフォルニアでは低品質のワインばかりが作られていました。ロバート・モンダビ氏はこの地で最高のワインを生産しようと考えます。
高品質のワインを生産するために、たとえばそれまでレッド・シダー(アメリカ杉)の樽でワインを熟成させていたのを、試行錯誤の末、フランス産オークの樽に切り替えます。
また、低温発酵の技術を導入したり、ステンレスタンクの使用を始めたりしています。
1979年にはフィリップ・ロートシルト男爵と共同経営のワイナリーを創設し、フランスの最高の技術を取り入れ、かの有名な「オーパス・ワン」を世に出すようになります。
こうした部分は、日本人の「ものづくりにこだわる感覚」と通じるものがありますね。

<マーケティングの努力>
一方、ものづくりだけで終わらなかったところが、「マーケティングのモンダビ」たる所以です。
ロバート・モンダビ氏は、ワイナリーでジャズやクラシック音楽のコンサートを開いたり、チャリティ・オークションを実施したり、ワイナリー・ツアーを何度も行ったり、美術品の展示会を開催したり、ヨーロッパの一流シェフを招いて料理教室を開いたりしました。
そうした機会をかなり頻繁につくり、それらを通じて、「ワイン造りは芸術であり、文化である」というメッセージを伝えようとします。
* 優れたワインを製造すること
* マーケティングの努力をすること
という「両輪」にバランスよくこだわった結果、アメリカ全体でワインの人気が高まったこともあり、ロバート・モンダビというブランドがカリフォルニア・ワインを代表するものとして多くの人々の評判となり知れ渡ってゆきました。
くどいようですが、ロバート・モンダビ氏はアメリカのビジネスマンらしく「マーケティング」を重要視していましたが、「ものづくり」も同じく重要視しています。どちらか片方に偏るようなことは決してありませんでした。

◆◆◆

以上、カリフォルニア・ワインに代表的人物であるロバート・モンダビ氏を題材に、「マーケティング」について書かせていただきました。
ロバート・モンダビ氏は昨年他界されました。謹んで冥福をお祈りいたします。

余談ですが、僕自身はシアトル近郊に住んでいたせいもあってワシントン州ワインのほうを好んでいます。
個人的にお勧めなのは、「シャトー・サン・ミッシェル」というワイナリーのワインです(このワイナリーにはよく遊びに行きました)。


日本でもときどき見かけますので、興味のある方はお試しください。


IMG:アメリカ食通信 Vol.5 マーケティングの国のワイン