
南北戦争直前に堪能した味
アメリカ合衆国大統領は、就任式で就任宣誓したときから正式にその立場が確定します。宣誓後は祝賀昼食会が催され、いわばこれが新大統領にとって最初の社交行事となるのです。
2009年1月20日、バラク・オバマ第44代アメリカ合衆国大統領の祝賀昼食会は、これまでと少し異なる趣向となりました。新大統領と副大統領の出身州から代表的料理を採用するのが慣例だった祝賀昼食会で、オバマ大統領はエイブラハム・リンカーン第16代大統領の好物を再現したのです。敬愛するリンカーン大統領の生誕200周年を意識した、オバマ大統領の粋な演出といったところでしょうか。
気になるメニューはというと、前菜にシーフードシチュー、メインディッシュはチェリー・チャツネを添えたキジとカモの肉料理、そしてデザートはスイートクリームグラッセを添えたアップルシナモン・スポンジケーキというコースでした。野生動物の肉と根菜とアップルケーキが大好きだったリンカーン大統領が、1861年の就任式後に食べたメニューを再現したんだとか。1ヶ月後には南北戦争が勃発する政治的緊張の中で、リンカーン大統領は好物に舌鼓を打ちながら何を思ったのでしょう。
トマトとジャガイモを食べた勇気ある大統領!?歴代アメリカ合衆国大統領にはそれぞれの好物があります。その中でもトーマス・ジェファーソン第3代大統領の好物は、アメリカの食文化に大きな影響を与えたといっても過言ではありません。なんとジェファーソン大統領はその立場にもかかわらずトマトとジャガイモを食べ、さらには客へも提供したのです。今では考えられないことですが、当時のアメリカはトマトとジャガイモを「毒がある」といって食べませんでした。とくにトマトは猛毒とされ、男性は勇気の証拠としてそれを公衆の場で食べてみせたり、見ていた女性が気を失ってしまうこともあったくらい。しかし文献によればフランス滞在でジャガイモ料理を堪能し、トマトの俗信も信じていなかったジェファーソン大統領が美味しそうにそれらを食べると、一気にトマトとジャガイモはアメリカ料理に浸透していったといいます。ジェファーソン大統領は他にも当時珍しかったアイスクリームを好み、さらには大好きなマカロニにチーズを絡めて焼いたことから『マカロニ・アンド・チーズ』の考案者ともいわれています。こうした新しい美味しさは招待客たちを通してアメリカに広まっていきました。
セオドア・ルーズベルト第26代大統領の通称「テディ」から『テディベア』が誕生したことは有名ですが、バトンを受け継いだウィリアム・タフト第27代大統領からはビリーポッサム(Billy Possum)というキャラクターが誕生しています。これはタフト大統領の大好物がポッサム(フクロギツネ)料理であったこと、そして大統領にはイメージキャラクターが付き物という当時の風潮からでした。タフト大統領の就任時には、テディベアとビリーポッサムがすれ違いざまに握手している風刺画も描かれています。一口に大統領の好物といっても、そこから生まれるドラマは実に様々ですね。
ケネディとニクソン、それぞれの食卓歴代アメリカ合衆国大統領が国民の生活をリードする一方、ホワイトハウスでは歴代専属シェフたちが大統領の食生活を支えました。ホワイトハウスの専属シェフとして有名なのはジョン・F・ケネディ第35代大統領を支えたJacques Popinシェフ。彼はその以前にフランスのドゴール大統領専任シェフを務めていました。フレンチの達人シェフが作る味にケネディ大統領は感動し、シェフ賞の創設と授与を打診したものの、本人から辞退されたという逸話もあります。そんなケネディ大統領の好物はニューイングランド・クラムチャウダー。故郷の味を満喫しつつ、これにコーンマフィンがつくと喜んだといわれています。
ケネディ大統領と比べると、どうしても暗いイメージのリチャード・ニクソン第37代大統領ですが、在任中にしっかりと多くの功績を残しています。食育という概念をアメリカに根付かせたのもニクソン大統領です。当時のアメリカでは心臓病が増大し、比例して医療保険も増大するという深刻な事態になっていました。そこで大統領は約1000人の食と医療に関わるプロを集めて2日間議論させ、食生活を改善する必要があるという結論に達します。個人の食事に国が介入することは、当時の感覚としてかなり斬新なものでした。そんなニクソン大統領ですから、自身の食生活はとってもヘルシー。朝食はフレッシュフルーツとカリフォルニアからお取り寄せしたヨーグルトが定番だったようです。カッテージチーズも大好きで、辞任の朝、ホワイトハウスでの最後の朝食もこのカッテージチーズとパイナップルだったといわれています。
ホワイトハウスで採れる無農薬野菜歴代大統領の中で、その好物がもっとも広く知られているのはロナルド・レーガン第40代大統領でしょう。レーガン大統領が愛してやまなかった好物、それはジェリービンズ。カリフォルニア州知事時代、禁煙のためにこの豆型ゼリーを食べ始めた大統領はすっかり魅了されて、大統領就任式典では3.5トンも消費しました。とくに星条旗の青を再現するためにブルーベリー味が開発された逸話は有名です。他にも甘いものには目がなかったレーガン大統領は、夫人の作るチョコレート・ファッジ・ブラウニーも大好物でした。
ビル・クリントン第42代大統領はファーストフード好きとして知られています。それ以外ではステーキとオニオンリングが大好物。そのためヘルシー料理を得意とするウォルター・シャイブ専属シェフはいつも献立に悩んでいたという噂もあったほど。そしてシャイブシェフは次のジョージ・W・ブッシュ第43代大統領も担当します。ところが、ブッシュ大統領はテックスメックスとテンダーロインステーキが大好きで、緑黄色野菜は嫌い。テックスメックスとはメキシコ料理を源流とするホットなアメリカ南部料理で、ここでもシャイブシェフの悩める姿が想像されますね。
現在、オバマ大統領の食事を支えるのは新たに専属シェフとして迎えられたサム・カスシェフ。ミシェル・オバマ大統領夫人がホワイトハウスで無農薬野菜を栽培していることは有名ですが、その野菜を美味しくヘルシーに調理しているのがカスシェフなのです。でも、オバマ大統領の本当の好物はなんなのでしょうか。ジャマイカ料理のジャークチキン、キャラメルチョコレートドリンク、抹茶アイスクリームなど様々なものが好物として取りざたされています。オバマ大統領自身は講演で「好物はパイ」と公言しています。おそらくはいずれも好物なのでしょう。ただしスポーツマンとして食生活にも気をつけるオバマ大統領ですから、やっぱり食卓には夫人の育てた野菜が多く登場しているのではないでしょうか。
こうして見ると、大統領たちの好物はその多くが大衆的ですね。一般市民とそれほど変わらないラインナップにちょっと安心します。今日のランチはクリントンかリンカーンか、いやいやここはニクソンとオバマのコラボにしよう。そんな風にメニューを選んでみるのも楽しそうです。ときには大統領たちが愛した味に、歴史を重ねてみてはいかがでしょうか。
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