
給食から始まった日本人のパン食
学校給食は、たくさんの国で今も子どもたちの大切な栄養源となっています。成長期の適切な栄養摂取や、子どもの食事に格差社会を反映させないなど、給食の持つ社会的使命はとても大きなものです。
給食メニューには土地柄や国柄、そして政治経済までもが反映されます。たとえば日本の学校給食が本格的に機能し始めたのは、昭和20年の終戦以降です。それまでの給食は学校独自の取り組みであったり、対象児童が制限される限定的給食でした。それが終戦後、アメリカから大量の穀物が日本へ供給され、学校給食法の制定と相まって日本中の小中学校に導入されていったのです。このとき主食は原材料が輸入穀物中心であったことから、米飯よりもパンが圧倒的でした。それまであまり馴染みのなかったパン食が、ここで子どもたちへ一気に浸透していきます。現在では、日本におけるいわゆる食の欧米化はこの給食から始まったといわれているのです。
日本の給食に大きな影響を与えたアメリカ。そのアメリカでは国民の肥満、とくに3人に1人という児童の肥満増加がいま深刻な社会問題になっています。そしてその解決策として、学校給食がこれまで以上に注目されるようになりました。同様に日本でも、それまでの栄養摂取目的中心から食育を意識した献立へ移行するべく、あらためて給食のあり方が注目されています。どちらも気になる学校給食のこれまでとこれから。そこで今回は、日本とアメリカの給食にまつわるいろいろを楽しく比較してみました!
牛乳は4種類から選べるアメリカ
アメリカの学校給食が本格的に機能し始めたのは1935年。連邦政府が余剰農産物を購入して各学校へ直接配分する法律が制定され、学校は低コストの食材を安定して受給できるようになったのです。ここでいう余剰農産物とは、市場価格の安定を考えて出荷自粛したものなどであって、品質に問題はありません。このシステムは生産者と学校の双方にメリットを産みました。現在、給食を扱う加工センターにはUSDA(米国農務省)マークの農産物が数多く並んでいます。
日米の給食をシステムで比較したとき、おそらくもっとも大きな違いは『朝食』と『選択制』でしょう。アメリカではランチだけでなく、多くの学校でモーニングも給食として提供されているのです。そして決まったメニューをみんな一緒に食べる日本と違って、アメリカでは好きなメニューだけを選んで食べます。選択できるのは食べ物だけではありません。牛乳は最低でも2種類から選べます。多い学校では4種類から選べるのです。違いは脂肪分の量。女子児童は成長するにつれ低脂肪や無脂肪を選ぶようになるとか。さらにアメリカでは高校でも給食が基本です。この高校生給食を対象に、大手外食チェーンの参入が活発化していまちょっと問題になっています。日本でもお馴染みのファーストフードが給食で味わえることに喜ぶ生徒がいる一方で、「ジャンクフードを給食にするのは問題だ」という意見があり、また「魅力のない給食で食べてもらえないよりはいい」という意見もあって、事態は現在も混沌としています。
日米の給食システムで似ているのは貧困対策です。日本は生活保護世帯の児童の給食費は無料。また生活保護対象ではないものの経済的な理由から支払いの難しい家庭の児童は、各地方公共団体の就学援助制度により給食費の援助が受けられます。アメリカではフードスタンプ受給家庭の児童は給食費が免除されます。フードスタンプとは低所得者向けの食料費補助対策。子どもたちの食事に、格差社会が影響を与えないための取り組みは、日米でしっかり機能しているのです。
プロのシェフが作る絶品給食!
給食で好きだったメニューは?
この質問には年代ごとで回答も大きく変わりそうですね。日本のある食品会社が紹介している現在の給食人気メニューは『チリソース』『車麸のチャンプルー』『かぼちゃのグラタン』などでした。これだけで日本の給食事情が大きく変化していることが感じられます。ちなみに日本の30代40代では『揚げパン』『カレーライス』『ソフト麺』などが上位を占めています。ならばアメリカではどうでしょうか。myfood.jpが周辺で独自アンケートしたところ『sloppy Joes』『casserole』『pizza』『fish finger』などが人気でした。sloppy Joesは肉たっぷりのミートソース風ハンバーガー、casseroleはグラタンに近い煮込み料理、fish fingerは棒状な白身魚のフライ。ピザと合わせてどれも美味しそうですね。でも栄養バランスを考えると、毎日の食事としてはあまりオススメできません。これはアメリカでも意識されており、1990年代から給食メニューの見直しが始まっています。
ミシェル・オバマ大統領夫人は2010年1月、児童を対象にした肥満撲滅キャンペーン『レッツ・ムーブ(Let's move)』を立ち上げました。レッツ・ムーブは、オバマ夫人が推進役となって今後10年間にわたり毎年10億ドルの予算を拠出し、児童の肥満増加防止に努めるというもの。具体的な取り組みとして同年5月には『Chefs Move to Schools』がスタートしています。まず農務省や各自治体が学校給食と児童たちの健康問題に理解あるシェフの参加を呼び掛け、実際に学校へ出向いて給食を作ってもらうというこのChefs Move to Schoolsは、さしずめ『シェフが学校にやって来た!』というところでしょうか。子どもの食欲をそそる美味しくて健康的な給食の普及というだけでなく、食育も兼ねたこの試みは多くの地域で成功しています。たとえばバージニア州マナッサスの公立学校では学校カフェテリアスタッフとシェフが協力して『健康学校給食レシピ』を作成しました。フロリダ州オレンジカウンティの公立学校ではシェフに触発された学校が新しいレシピ作りに取り組み、それは学校給食食品ショーという年次イベントとして現在まで続いています。コロラド州ダグラスの小学校ではシェフが児童たちと生産地への課外授業に参加して、野菜や果物の大切さをわかりやすく解説しました。
この試みに参加しているシェフは、いずれもプロ中のプロばかり。国家規模でのこうした試みは、ちょっと羨ましいですね。
日米給食レシピコンテスト比較
レッツ・ムーヴの一環として、米国農務省は学校給食レシピコンテストも主催しました。そもそもアメリカの学校給食プログラムではカロリーや脂肪、カルシウムにビタミンなどの摂取量・含有量を細かく規定しています。しかしどれほどバランスのとれたメニューにしても、選択制ゆえにバランスの偏りは防げません。そこで『栄養バランスに優れたヘルシーかつ美味しい給食メニュー』にすれば、児童たちも積極的に選んで食べるはず。
かくして寄せられた多くのレシピから、見事大賞に輝いたのが『Porcupine Sliders』。これは炊いた玄米や刻んだ玉ネギ、セロリなどを混ぜ込んだ七面鳥バーガーで、スパイシーな味付けが子どもたちの食欲をそそる仕上がりです。大賞こそ逃したものの、他のレシピもいずれヘルシーかつ美味しそうなものばかり。Chefs Move to Schoolsと合わせて、今後のアメリカ学校給食は大きく美味しく発展しそうですね。
じつは日本にも似たコンテストはあります。農林水産省主催の『地産地消給食等メニューコンテスト』がそれで、昨年は島根県益田市の『ますだの"味・愛"きゅうしょく』が農林水産大臣賞を受賞しました。これは鰆ごはんと真砂揚げ、大根のゆかり和えに味噌汁というセット。地元で獲れる豊かな食材をたっぷり使ったこの給食、大人も本気で食べたいところです。
2011年6月、ロサンゼルスの教育委員会は「アメリカンドッグ、チキンナゲットその他の給食を止めて、タンパク質が詰まった寿司を支持する」と発表しました。日本でも難しい寿司の給食化には、まだいくつものハードルがあるでしょう。それでも日本の食の欧米化が給食から始まったように、和食が今よりもっとアメリカで浸透するきっかけは、もしかすると給食になるのかもしれませんね。
【関連ページ】
>>「特集記事:レッツ・ムーヴ アメリカ学校給食の現在」はこちらから
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