
タコスが生まれた国はどこでしょうか?そう。メキシコですね。でも実際にメキシコを旅行し、本場のタコスを目の前にすれば「あれっ、ちょっと違う?」と感じるかもしれません。メキシコでは鉄板で薄く焼いたやわらかいトルティーヤを皿に見立てて、そこにビーフやポーク、各種野菜などが盛られてきます。食べ方もトルティーヤで挟んだりくるくる丸めたりナイフとフォークで切ったりと様々。
私たちがイメージするタコスといえば、U字型のパリっとしたトルティーヤにレタスとタコミートとチーズを挟み、サルサソースをかけてかぶりつくあのスタイルですよね。これはアメリカで生まれました。 メキシコと隣接するテキサス州は古くから交流があり、テックス・メックスという独自の食文化が発展しています。 そしてテックス・メックス風タコスがアメリカ国内に浸透していく過程で現在のスタイルができあがったのです。そんなアメリカン・タコス専門のファーストフードチェーンが全米に次々と展開されると、もうメキシコとの違いを自覚するアメリカ人は少なくなりました。さらにアメリカ発のタコスは世界へ渡り、日本を含め多くの国でタコスのスタンダードとなっています。
外国の料理を自国風にアレンジする。これは日本でもよくありますね。しかし移民の多いアメリカでは多国籍料理の流入がケタ違いです。そのためアメリカは他国の食文化を柔軟に取り入れ、積極的に独自進化させてきました。ときにそのアレンジは、タコスのようにオリジナルを凌駕するようにさえなります。代表的なテックス・メックス料理であるブリトーもそう。 ブリトーはメキシコ最北にあるチワワ州の伝統料理でした。トルティーヤで一つの具材を細巻きするチワワのブリトーは、テキサスでたっぷりの具材を太巻きするスタイルへ変化。そしてこの味に慣れた北米人観光客がメキシコ各地でこれを求め、今では北部以外のメキシコでブリトーといえばテックス・メックス風がスタンダードになっています。
寿司ブームの牽引役誕生秘話
アメリカで独自進化した食文化はまだまだあります。
ルイジアナ州のクレオール料理とケイジャン料理はフランス、スペイン、イタリア、西アフリカといった国々の食文化が融合して誕生しました。スパイシーなライス料理ジャンバラヤや濃厚なシチュー料理ガンボが有名です。アリゾナ州のサラダ料理チミチャンガやトポポサラダ、ニューメキシコ州の豚料理カルネアドバーダもそれぞれ独自の進化を遂げて、今や各地の郷土料理となっています。こうしてみるとアメリカの食の進化は南部で盛んのようですね。
少し意外なところではピザがあります。ピザといえばイタリア。でも『イタリアのピザ』となると、地方ごとに見た目も味もまったく違うため簡単に説明はできません。これもアメリカは独自に進化させました。深さのあるパン生地が特徴的なシカゴ風ピザと薄いパイ生地が特徴的なニューヨーク風ピザ。共通点はどちらも丸い形に具材がたっぷり使われていること。そうです。もうお気づきのように、日本の宅配ピザはそのほとんどがアメリカン・ピザだったんですね。
こうなったらアメリカで進化した和食も気になるところですが、もちろんあります。なかでも寿司はその代表といっていいでしょう。健康志向の高まりと並走するように、日本の寿司は近年加速度的に世界各国で注目されています。とはいえ魚介類を生で食べる習慣のなかった人たちに、いきなりの握り寿司はちょっとした冒険でもあるでしょう。そんなときに人気なのがカリフォルニア・ロール。アボカド、カニかま、卵焼き、キュウリなどを裏巻きしたこの寿司は半世紀以上前にロサンゼルスで誕生し、その後アメリカでの寿司ブームを牽引するほど大人気となりました。欧米人からは不安に見えた真っ黒な海苔を内側に巻き、具材に生の魚介類を使用しなかったことでアメリカのみならず世界に広がるヒットメニューになったわけです。
寿司ブームによってアメリカにおける生鮮魚介類の流通も発達しました。今では"Uni" "Toro" "Hamachi"など具材の名が当たり前のようにSushi Barのカウンター越しに飛び交っています。
進化は飽くなき挑戦から
大衆食のみならず、最高級レストランの分野でもアメリカは確実に進化しています。とくに過去30年の進化は劇的と言っても言い過ぎではありません。それをもっとも象徴するのがニューヨーク州ハイドパークにあるCulinary Institute of America(カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカ:CIA)でしょう。世界一の料理大学とされるここには、現在2150名の生徒が料理の道を極めるべく猛勉強しています。東京ドーム13個分のキャンパスに39の実習教室、レストラン5店舗、ベーカリーカフェ1店舗、図書館には63000冊の料理関係書を蔵書。そして講師陣は世界各国からプロ125人が常駐など、ここでは最高の環境を用意することで未来のトップ・シェフたちを英才教育しているのです。フランス料理界の巨匠ポール・ボギューズが世界中の有名料理学校を訪問し、息子の進学先として選んだのもCIAでした。
では現在、アメリカを代表するレストランやシェフたちにどんな進化を発見できるでしょうか。料理会のアカデミー賞ともいわれる『サンペレグリノ世界のベストレストラン50』において常に上位を維持し、2004年には1位を獲得したカリフォルニア州ナパバレーのThe French Laundry(フレンチ・ランドリー)。ここではオーナーシェフのトーマス・ケラーが正統派フレンチとアメリカ料理を見事に融合させました。ケラーの下で修行したグラント・アケッツはイリノイ州シカゴにALINEA(アリニア)を開業し2009年の『ベストレストラン』でいきなり10位に入っています。分子化学料理法という最新技術を積極的に取り入れるなど、若き野心家ならではの独自進化は始まったばかりというところでしょうか。カリフォルニアでは他にバークレーのChez Panisse(シェ・パニース)も有名です。オーガニック食材にこだわったスタイルを40年前に確立し、毎晩1コースのみながら予約の取れないレストランとして知られています。90年代以降、美食都市として激変したニューヨークではダニエル・ブーラッドとデビッド・ブーレイがそれぞれの名を冠したフレンチレストランで美味しさの火花を散らせています。
まだまだ他にもありますが、いずれのレストランにおいても共通するのは『古きを訪ねて新しきを知る』というスタンスではないでしょうか。
ヨーロッパ料理は中世から近世にかけて確立されたといわれています。しかしたとえ完成品であっても、フロンティアスピリッツでそこにチャレンジするのがアメリカらしさ。
すべての食文化を柔軟に取り入れながら、フレキシブルにダイナミックに進化するアメリカ料理の今後をお楽しみに。
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