
今でこそ電話一本で宅配してもらえるピザですが、これが日本人に広く浸透したのは1970年の日本万国博覧会(大阪万博)がきっかけでした。戦後すぐにピザを出す店は存在しています。でもそれは『知る人ぞ知る珍しい料理』であって、多くの日本人は大阪万博のイタリア館で初めてピザを体験し「美味しい!」と広まったのです。そしてこの背景には日本の貿易事情も深く関わっています。良質な小麦やチーズ、あるいはトッピングのサラミなど、必要な食材を日本が豊富に輸入したことで大規模なピザの提供も可能になったのですから。
おそらく今、日本人は歴史上もっとも豊かな食生活を享受しています。それは日本の生産者たちの努力や成長と並んで、世界的な貿易網の充実が大きく影響しているでしょう。とくにこの半世紀、日本人の食卓は大きく変化しました。今回はそんな日本を巡る食卓貿易を、少しばかり振り返ってみましょう。
飽食から新たなライフスタイルも
天ぷらソバの中に、日本の農産物はどれくらい入っているのでしょうか。20年以上前からよく用いられてきた話題なのでご存知の方も多いですよね。もちろんすべてを国産でまかなうことも可能。とはいえ輸入農産物の競争力が高いことはスーパーマーケットを見ても明らかです。そこでこれらをフル活用した場合、天ぷらソバに使われている国産品は水だけになってしまいます。麺の蕎麦粉と小麦粉に始まって醤油の元である大豆、出汁に使われる鰹節、天ぷらのエビと衣と揚げ油、薬味のネギにいたるまで、水以外のすべてが輸入食材でまかなえるのです。そしてこれは極端なケースではなく、むしろ多くの店がこれに近い状態といえるでしょう。
輸入食材の充実によって、私たちの食生活は飛躍的に選択の幅が広がりました。スパゲティといえばナポリタンとミートソースしかなかった時代が嘘のようです。チーズ、ワイン、チョコレート、ナッツ、フルーツなど世界中から『本場の味』が集まる現代。その結果、さらなる付加価値を求めてオーガニックやロハスなど飽食から距離を置くライフスタイルも増えていますね。これも幅広い選択肢によるものではないでしょうか。
日本の食料自給率は現在カロリーベースで39%です。これを都道府県別に見たとき、最下位の東京都はなんと1%!
この数字は「輸入食材と上手に付き合うことが得策ですよ」とわかりやすく訴えていますね。
初の日米貿易交渉は決裂?
歴史的にも現状においても、日本の最大貿易相手国はアメリカです。農産物では穀物輸入がとくに際立っていて、トウモロコシは日本の輸入量全体の約9割がアメリカから。トウモロコシのほとんどは家畜用の飼料として消費されています。国産の豚や鳥、世界に冠たる和牛の多くが食べているのです。
では日本から世界の食卓へ輸出しているものはないのでしょうか?
もちろんあります。最近は台湾へのリンゴ輸出などが急増していますが、日本から世界の食卓へもっとも広く輸出されたのは、なんといってもインスタントラーメン。そしてその最大相手国もアメリカです。アメリカへのラーメン輸出は1970年代から盛んになり、2010年度では輸出量全体の35%がアメリカ向けでした。1995年にはアメリカで生産されたカップヌードルが格安価格で日本に逆上陸し、マスコミを騒がせています。
長く密接な日米貿易ですが、その起源は1791年にまでさかのぼります。1853年にペリー提督が浦賀沖に来航する60年以上前、貿易商のジョン・ケンドリックが和歌山県の紀伊大島に来航したのです。ケンドリックは日本人たちに毛皮を売り込みました。しかし日本人は興味を示さず、11日後に彼は去っていきます。歴史上初めての日米貿易交渉が、まったくの不成立だったとは意外ですよね。
豊かさの根幹を改めて考える
日本が貿易を考えるとき、忘れてならないのが経済力です。この半世紀を振り返ると、日本の実質GDPはほぼ堅実に成長してきました。その右肩上がりのグラフと日本の輸入量は比例しています。つまり日本が経済力を向上させたことと、日本人の生活が豊かになったことは直結しているのです。そして日本の経済成長を長く牽引してきたのが、まさに貿易。この循環によって、日本の食卓は世界の味を気軽にチョイスできるようになりました。
この半世紀で日本は食の欧米化が浸透すると同時に、あらためて日本食を見直すようにもなっています。豊かな食生活は、小学生の平均身長を17cmもアップさせました。近年の世界的な日本食ブームは、いま徐々にその関連輸出を活発化させています。
世界中と手を繋ぐ。
これまでもこれからも、日本の豊かさの根幹はここにあります。毎日の何気ないメニューを、たまにはちょっと見つめてみましょう。繋がれた手と手を確認することで、今の豊かさを再確認できる。
これってかなり幸せなことですよね?
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