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知る見る食べるアメリカVol.01 太平洋を渡った5つのリンゴ~ワシントン州ウェナッチ市と青森県三沢市の80年目~

知る見る食べるアメリカVol.01 太平洋を渡った5つのリンゴ~ワシントン州ウェナッチ市と青森県三沢市の80年目~ / 離陸直前人類初の
太平洋無着陸横断飛行

ワシントン州と聞いて「アメリカの首都でしょ?」という人、いまだにけっこういますよね。もちろん首都はワシントンDCであり、ワシントン州とはまったく違います。ところがDCとの違いはわかっても、ワシントン州と聞いてシアトル以外に思いつかない人もまたけっこう多いようです。州最大の都市にして、かのイチローが所属するシアトル・マリナーズの本拠地。でもワシントン州はシアトルだけじゃありません。とくに日本人には是非とも知っておいてほしい都市があります。それは州のほぼ中心に位置するウェナッチ市。今からちょうど80年前、青森県三沢市とウェナッチ市は、人類初の太平洋無着陸横断飛行という大偉業によって結ばれたのでした。


重すぎる燃料と飛ばない翼

ハーンドン(左)とパングボーン(右)「翼よ、あれがパリの灯だ」の言葉とともにリンドバーグが大西洋単独無着陸横断飛行を成功させた1927年(昭和2年)以降、世界中の次なる期待は太平洋へと向けられていました。翌年にはアメリカの材木商ジョン・ハンフが太平洋無着陸横断飛行に懸賞金を付け、競争は一気に本格化。そして1931年(昭和6年)4月20日に朝日新聞までが懸賞金(日本人なら10万円、外国人なら5万円)を発表すると、多くの冒険飛行家たちが日本を離陸地点に選ぶようになりました。では日本のどこから離陸すればいいのか。飛行コースの効率、地面の硬度、離陸に十分な長さなどを総合的に検討した結果、それは青森県三沢市(当時は三沢村)の淋代海岸が最適と判断されます。
離陸したミス・ビートル号そうして次々と飛行家たちが挑戦するも、重すぎる大量の燃料が原因でいずれも失敗に終わりました。3機5人が続けて失敗したあとの10月4日、パングボーンとハーンドンの2人を乗せたミス・ビートル号が朝焼けの淋代海岸を飛び立ったのです。



リンゴの街からリンゴの街へ渡ったリンゴ

ミス・ビートル号ミス・ビートル号はそもそも、太平洋無着陸横断を目的とした飛行機ではありませんでした。同じ年の6月、ポストとゲッティによって達成された世界一周早回り記録を破るため、パングボーンとハーンドンが調達した改造長距離機だったのです。しかし途中で新記録達成が絶望的と知るや、急遽2人は目標を太平洋無着陸横断飛行に変更。燃料搭載量をさらに増加し、ミス・ビートル号はより大きくなったお腹で淋代海岸に立ちました。

海岸を整備する三沢村民たち滑走路作りから宿泊、食事の用意まで献身的に協力した三沢村民は、最後に2人へリンゴを渡します。
海岸を疾走し、よろよろと浮き上がったミス・ビートル号は機体を軽くするため離陸直後に車輪まで外し、決死の覚悟でアメリカへ。凍てつく寒さの中、2人は三沢のリンゴを食べながら耐えました。そうして41時間10分後、ミス・ビートル号はウェナッチに降り立ちます。大きなお腹で胴体着陸し、プロペラは折れてしまったけれど、2人は奇跡的に無事でした。
「日本のお土産はこれだけだよ」
そう言ってパングボーンは5つのリンゴを母親に渡しました。リンゴの生産が盛んだったウェナッチでは、のちに商業会議所がこれをアルコール漬けにして大切に保存したそうです。


戦前から戦後、そして21世紀へ続く友情

リンゴの交流を伝えるアメリカの新聞 ミス・ビートル号が太平洋を横断した翌年、ウェナッチから三沢へリンゴの穂木が贈られています。それはリチャードデリシャスという新品種で、青森県苹果試験場に到着した5本は10年後、1万本以上に達したそうです。リチャードデリシャスはあまりに評判がよく、試験場から樹が盗まれることもあったとか。第2次世界大戦によって断たれた交流も戦後は復活。太平洋横断から50年後の1981年(昭和56年)にウェナッチ市と三沢市は姉妹都市となりました。

2006年秋、青森から北紅(きたくれない)というリンゴがデビューしています。大玉で濃い紅色と強い甘みは、たちまち人気品種に。そしてこの新品種を青森県りんご試験場が高精度解析したところ、母が『リチャードデリシャス』で父が『つがる』と特定されました。戦前に生まれた友情は、21世紀にも脈々と受け継がれていたのです。
ウェナッチは今もアメリカ屈指のリンゴ生産地であり、またワイン作りに適した気候から周辺には良質のワイナリーも豊富です。美味しいワシントン・ワインと青森リンゴを味わいながら、80年前の太平洋に思いを馳せる。そんな秋の夜長もちょっと楽しそうですね。


写真提供:三沢市教育委員会


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