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クローズアップインタビュー

クローズアップインタビューVol.15 農業でつながる日米の友好関係

クローズアップインタビューVol.15 農業でつながる日米の友好関係

クローズアップインタビュー第15回目ゲストはJAEC(※)の研修生としてアメリカの農業を学ばれた井上さん、藤代さん、大内さんの3人にご登場いただきました。 JAECはこれまで12000人近くの若手農業従事者をアメリカに派遣してきましたが、その中からベテランから中堅そして若手の3世代を代表する3人の方に研修体験についてお聞きしました。

(※)社団法人国際農業者交流協会(英語名 The Japan Agricultural Exchange Council 略称:JAEC,昭和63年3月30日に設立)は日本の農業青年の海外派遣、海外諸国の農業研修生の受入れ等を行う事により日本の農業青年の国際感覚の涵養と資質の向上、開発途上国の中核農業者の養成等に努め、日本の農業の発展、開発途上国農業の開発及び農業者レベルの国際交流の促進、更には世界の調和ある繁栄と平和に寄与することを目的としている団体。

myfood:この度はよろしくお願いいたします。まずはみなさんの現在扱われている食材について教えていただけますか?

井上:約630頭の和牛の肥育をしています。

藤代:梨の栽培をしています。

大内:洋蘭とシンビジュームや葡萄など果物生産販売です。

myfood:みなさん、それぞれ違う食材を扱われてますねぇ。では次になぜこのプログラムに参加しようと思われたのでしょうか??また参加期間中、楽しかった思い出についても教えてください。

井上:農業講習所1年の時に2年生の先輩が休学して派米研修生に行き現地から講習所に手紙が来たことで米国というか海外が身近に感じたことからです。楽しかったことはたくさんありますが、はじめの2~3か月は楽しかったというよりも苦しかったですね。その後、アメリカの家族と心が通じるようになり、日々の経験が今でも生き生きと記憶に残っています。大型機械を使った農作業を任されるようになったのも楽しかった思い出ですね。

藤代:広々とした大地に憧れがあったのだと思います。また社会に出る不安がありモラトリアム期間として活用した面もあったように思います。遠く日本を離れひとりで生活したかったというのもありましたね。思い出に残っているのは日本に帰国する前にボスの家族と一泊で行ったオレゴンコーストへの旅行です。それから毎週のように子供達と行った小学校の体育館でのローラースケートも楽しかったですね。4月に行われるブロッサムデー(梨とりんごの花の満開を祝う日)に行われた1日だけのレストランを地域の人達と開催した事もいい思い出として残っています。

大内:幼少より外国に行きたいという強い思いがあり、大学卒業と同時に海外生活をしようと思いました。ちょうど進路を決めようと思っていたときに海外で農業研修ができるというのを聞き、実家が蘭や果物生産者ということもあり、これはいいチャンスだと思い参加しました。参加期間中楽しかったことはアメリカでの学校生活のときに同じプログラムで渡米した仲間といろんなことをしたことですね。スカイダイビングをしたり現地のガーデンショーにいったり、日本ではできない経験がとても楽しかったです。

myfood:みなさんそれぞれに素敵な思い出をお持ちですねぇ。では次にプログラム参加によって得られたことや変わったことなどありましたらお聞かせいただけますでしょうか?

井上:農業とは農作物や家畜を扱うことだと思っていましたが最も大事なことは経営(=マネージメント)であり、日本の農業のような組織がなくて(小さいものはありますが・・・)仕入、販売等を自己責任でやっている姿に啓発されました。

藤代:物事を多面的に見れるようになったと思いますね。それから自分に自信がつきました。あとは第2の故郷ができたといった感じでしょうか?今の自分のバックボーンになっているという意味で。

大内:まずは素晴らしい仲間に出会えたこと。これは私にとって一番よかった点です。一緒にいった仲間、現地でできた仲間そして、お世話になった方々との出会いなどすべて。変わった点は考え方が変わりました。新しい考え方を持つようになりました。そして、San Gabriel Nurseryでボスからさまざまなことを学びました。

myfood:なるほどぉ。ところでプログラム参加したことによってアメリカの農業や農作物に対して感じたことや意識の変化などについてはいかがでしょうか?

井上:先ほどの回答と重複する部分がありますがひとつだけアメリカのホストファーマーから教えられたことがあります。あっ、ここで一つというのは他のことは教えられたのではなく、経験の中から学んだという意味ですよ。で、話を元に戻すと規模の拡大ということについて教えを得たんです。彼は「肉牛50頭で食べていける時には50頭。100頭飼わないと食べていけない時には100頭に、そして今は200頭飼育しなければならなくなったから200頭飼っているが、こういうやりかたでは俺みたいなダメな農家にしかなれないぞと。他人より前進しなかったらチャンスは無いぞ!」と言ったことが印象に残っています。

藤代:農産物販売の大変さがわかるようになりました。非常に合理的に生産しているんです。

大内:渡米前はアメリカの農業はどんなものなのかも知りませんでした。いってみると(?)日本とは比べものにならないほどの規模で最初見たときは目が点になりました。野菜農家にしても果物農家にしても花屋にしても規模がまったく違いました。作業をする人の多さにもびっくりで、本当に大規模農業といった感じです。正直、農作物には少し不安を持って渡米しました。私が学生時代には狂牛病BSE問題などで騒がれていたこともあったのですが、実際に渡米して食品には生産者の顔などがわかるようになっていたり、かなり安心でしかも美味しくいただけることがわかりました。有機作物も多く農作物に対する印象はいいものになりましたね。

滞在中に食したアメリカの食で美味しかったもの、好きになったものは何ですか?また日本に帰ってきても食べているメニューなどあれば教えてください。

井上:アメリカに行くまでは食べ物の好き嫌いの多い人間でしたが、ホームステイで何でも食べるし、何でも好きになりました。ルバーブのジャムやコーンチャウダーは特に懐かしいですね。

藤代:Tボーンステーキは美味しかったですねぇ。あとスキッピーのピーナッツバターは毎朝食べるようになりました。特にアメリカメニューは意識していませんが、お世話になった家族のレシピーはもって帰りましたのでそのうち作ってみたいですね。

大内:サンドイッチが一番おいしかったです。友達にLos Angelesで有名なサンドイッチ屋さんに連れて行ってもらったとき思わず「これ1人前??」って聞くほどの大きさでしかも味がすごくおいしくて何回も通いました。ほかにもアメリカのステーキは美味しかったです。日本に帰国後も食べているものはやっぱりサンドイッチですかねぇ。最近はアメリカのものが手に入る店に行ってマヨネーズとマスタードを買って自分で作っています。特にアメリカのマヨネーズは日本製と違うのでわざわざ買いに行っています。

myfood:なるほど!では最後に今後どんな風に活動していきたいか?皆さんの抱負を教えてください。

井上:私も今年で60になりましたので仕事は後継者に移譲していき今日まで日本国や米国をはじめ色々な方のお世話になってきたので今後は出来るだけ他国の研修生のお世話等を通じて国際貢献もしていきたいと思っています。今日までお世話してきた十数名の研修生のフォローアップも必要だと考えております。

藤代:"藤代梨園"では研修生の後輩が後継者として育ってきているので、自分は育種に専念しようと考えています。オリジナル品種を作り販売に繋げたいと考えているんです。今の日本農業の中心は研修生中心になってきていると思うんです。ですからこれからも今以上に意欲のある若者をアメリカに派遣している協会に協力していきたいと考えています。将来"日本の農業者は研修生OB"だけになるんじゃないかな?

大内:今の洋蘭・果物生産販売をより充実させていき、まずは日本で認められるように、そしてゆくゆくは世界で認められるようアメリカでの経験を自分の人生に活かしつつ世界で活躍できるようになりたいです。なおかつ多くの人に喜んでもらえるよう努力精進していきたいと思います。

myfood:それぞれ大変興味深いお話ありがとうございました。

井上源一
宇陀牧場経営。国際農友会会長。奈良県国際農業者交流協会会長。奈良県肉用牛農協組合長。奈良県日系人ふるさと親善協会会長など多岐にわたり活躍。

藤代肇
藤代梨園園主。千葉県農業大学校卒業後渡米。帰国後、1983年開墾開始、1987年より商品を出荷している。

大内 盛勢
有限会社スコレー勤務。東京農業大学国際食糧情報学部国際農業開発学科卒業。IPPS(国際植物増殖者会議)及びヤングファーマーズ会員。現在、IPPSのExchangeにてニュージーランドに研修留学中。ブログ:http://ameblo.jp/flower-fruit-orchid/