消費者は、日本でも米国でも当然のことながら食の安全に強い関心をもっています。食品に100%の安全性を求める人もたくさんいますよね。一方で世界中の国で、これは日本でも米国でも、食中毒が起こっている事実があります。日本での食中毒は生卵や野生のキノコ、フグなどのリスクの高い食品を自らの意思で食べた結果起きていることが多くこれは、消費者の皆さんが、たとえ無意識にせよ、時として食品についてのある程度のリスクを受け入れていることを示しています。ここでは、この「リスク」と「リスク管理」に関する考え方と食の安全をめぐる誤解について説明します。
リスクとは?
食の安全について語るとき「リスク」の考え方を理解する必要があります。そもそも「リスク」に相当する日本語の訳語はありません。一般的に「危険」と訳されることが多いようですが、これは英語のHAZARDやDANGERにあたり、リスクの意味を部分的にしか捉えていません。リスクとは、
- 発生し得る望ましくない出来事の重大性
- その出来事が発生する確率
この2つを掛け合わせたものです。ですからこの2つの要素は別々に考えなければなりません。重大性が高いからといってそれが起こる確率が高いとは限らないからです。例えば飛行機事故は重大性が高くても(墜落すると死に至る場合が多い)墜落事故が起きる確率は極めて低く、双方を考慮しないと飛行機の安全性は論じることができないのと同じです。
リスク管理と意思決定
どんな行動をとるにしても多少のリスクは伴います。リスクに関する決定を下すには、まずリスクの程度(先ほど述べた重大性と確率)を分析しなければなりません。これを一般的に「リスク評価」と呼んでいます。そして評価されたリスクの程度に基づいて、どのレベルまでが受け入れられて、どのようにリスクを軽減していくかを考えるのが「リスク管理」です。そこには当然そのためのコストも重要な要素として含まれます。リスクをゼロにすることはほぼ不可能ですから、様々な選択肢とそれに伴うコストからいかに許容レベルまでリスクを軽減できるかを決めるのがリスク管理者の責任となります。
解りやすく説明するために鶏肉を例にとってみましょう。鶏肉はサルモネラ菌に汚染されている場合があり、汚染された鶏肉を食べると食中毒となることがあります。これが「リスク評価」です。次に鶏肉を食べて食中毒になる確率を低下させるには様々な方法を考えます。例えば、鶏が感染しないように養鶏場で予防策を講じる。養鶏場や食肉処理場で鶏の検査を行う。食肉処理中も処理後も肉を冷蔵しておく。化学薬品や照射によって肉を殺菌する。二次感染を避ける方法や適切な調理方法を消費者に啓もうするなど。これが「リスク管理」にあたります。リスク管理者はこのようにして養鶏場から食卓に上がるまでの過程で講じることが可能な様々な手段を検討して、最終的に人々の健康を守るための対策を決定します。
リスク・コミュニケーション
ここまで食の安全に関わるリスク評価とリスク管理の関係を説明しました。さらにもう一つ重要な作業があり、それがリスク・コミュニケーションです。リスク・コミュニケーションには2つの大きな要素があります。1つは
・リスク評価の内容について消費者を含めたすべての関係者が、それぞれの立場で話し合うこと。
もう1つは
・どの程度のリスクなら受け入れられ、どこにコストと効果のバランスを置くのかの合意を得ること。
この際鍵は、科学に根ざした議論を基にリスクコミュニケーションが行われることです。なぜなら消費者の「安心」のためにと政府や企業が講じた措置が科学的には間違っていたために結局、政府や企業に対する消費者の信頼を損ねるということが起きるからです。
感覚的なリスクと実際のリスク
リスクには「感覚的なリスク」と「実際のリスク」という2種類のリスクがあります。
例えば、残留農薬。「基準の3倍の量が検出されました」という報道を耳にし、私たちは「3倍?それは大変だ」と、感覚的に反応します。しかし、実際には最終的にその食品を食べて健康に害があることは考えられません。なぜなら残留農薬基準値はその農薬の無毒性量(注)の1/100以下で設定されているからです。(詳しくは「残留農薬基準はどのようにして決められているのですか?」を参照してください。)
(注)マウスなどを使った「急性毒性」「慢性毒性」「発ガン性」などの毒性検査に基づいて得られた、実験動物が毎日、一生涯にわたって摂取してもなんら毒性変化の認められない量
一方、日本で2005年に起きた食中毒1545件のうち144件はサルモネラ菌により、3700人が感染し、その内1人が死亡しています。原因は生卵が疑われています(注1)。科学的に評価する実際のリスクでは、残留農薬より生卵のほうが比較にならないほどリスクが高いことがわかります(注2)。もともと米国で生卵を食べる習慣はありませんが、それでも卵は必ず冷蔵ケースで販売されています。日本でも近年、冷蔵ケースでの販売が一般的になりましたが、これはサルモネラ菌由来の食中毒を予防する効果的な手段だからです。
おわりに
リスクとリスク管理という考え方、さらにリスク・コミュニケーションについて理解を深めることは、私たち消費者が食の安全についてさまざまな情報を整理し、私たちの健康を守るうえで何が重要であるか正しい判断する上でとても大切なことです。また感情ではなく科学に根ざした情報を見極める力を養うことでもあり、私たちが漠然と感じている不安を取り除くことにもつながります。さらには、政府(規制当局)や食品産業界が公衆衛生を守るうえで効果のほとんどない施策に多大なコストをかけることを防ぎ、税金の無駄づかいや食品価格への余計な上乗せを抑止することにもなります。
参考文献
- 注1:厚生労働省 食中毒・食品監視報告 2006年
- 注2:朝日新聞オンライン関西版 2006年7月10日